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印旛沼の水質浄化編

2000年05月01日

「印旛沼の水質浄化編」

◆日本でニ番目に汚い印旛沼。水野賢一がその浄化を目指す。

私たちの住んでいる北総地域が抱えている深刻な問題の一つに、印旛沼の汚濁があります。沼や湖の汚れは普通、CODという値ではかります。CODが大きければ大きいほど汚れているということになります。現在、印旛沼のCODは全国の湖沼の中で2番目に高くなっています。全国一汚いのは同じ千葉県の手賀沼ですが、こちらの方は今年の4月から「北千葉導水事業」と呼ばれる大規模な水の入れ替えを始めましたから、水質の浄化が予想されています。そうなると数年後には印旛沼が「日本一汚い沼」という不名誉なことになりかねません。不名誉ばかりでなく私たちの健康にも関わる大問題です。なんとかして印旛沼きれいにしたいものです。

私もこの地域から国会へと送っていただいた一人の住民として、水質浄化につとめていきたいと考えています。現在、国は「利根川印旛沼総合開発事業」という構想をもっています。この事業の目的は大きく3つあります。 大雨の時の治水、利水、水質浄化です。そしてこの事業の準備のために毎年、1億円の予算が調査費としてついています。水質浄化の特効薬として、こうした計画の実現が求められています。しかし住民の知らないところで計画が進められるようなことがあってはなりません。あくまでも推進にあたっては地元住民の声や要望がもっと反映されていく必要があります。印旛沼の汚れの大きな原因は、私たちの生活排水です。身近な環境問題として、皆様とともに取り組んでいきたいと考えています。

全国の湖沼汚染ワースト 3

〔1〕手賀沼 (千葉県)  19

〔2〕印旛沼 (千葉県)  10

〔3〕児島湖 (岡山県)  9.9

数値はCODの年度平均値(平成10年度)

◆水野賢一のひとりごと

昨年の衆議院選直前に書いた文章です。これをビラにして選挙区内に配布しました。懐かしいなあ。ただこの後でだいぶ状況は変わりました。というのも与党三党が音頭をとった公共事業見直しで「利根川印旛沼総合開発事業」が中止になったからです。無駄な公共事業見直しは大賛成。でも印旛沼の場合は、少なくとも治水と水質浄化のための事業は必要なのでは・・・ (利水の必要性には多少疑問があるけど)。だから今後とも何らかの水質浄化作戦は続行する必要があるでしょう。特に環境を重視する堂本知事が誕生した今はチャンスかも。とにもかくにも湖沼汚染ワースト1、2位を千葉県が占めているという不名誉は早く脱却しなければ。

ちなみに「全国の湖沼汚染ワースト3」も最新のものを下に掲載しておきます。

全国の湖沼汚染ワースト 3

〔1〕手賀沼 (千葉県) 18

〔2〕印旛沼 (千葉県) 12

〔3〕牛久沼 (茨城県) 11   / 佐鳴湖 (静岡県) 11

*数値はCODの年度平均値(mg/)、(平成11年度)

国会改革編

2000年05月01日

「国会改革編」

◆国会議員は多すぎる!まず自らを切る覚悟で改革を、と訴える選挙時のビラ。

衆議院が解散され、総選挙が近づいています。今回の総選挙の特徴の一つは衆議院の定数が20削減されたことです。現在500名の議員数が、今回480名に削減されました。私はかねてから国会議員の数を減らすべきだと主張してきましたから、今回の削減には大賛成です。民間企業がリストラを行い、国家公務員を25%削減する計画がある現在、国会議員だけが安閑としているわけにはいきません。現に、地方議員は、この10年間で全国で、3900人以上も削減されました。この印旛郡市でも、最近、八街市議会、四街道市議会が定数減を実施しました。衆議院議員の定数削減は当然のことです。今後はまだ戦後一度も定数が減らされたことのない参議院の見直しも必要です。

一方で国会というのは、ただ数を減らせばそれでよしというわけではありません。議員の質を高めることも重要です。それには一人一人の国会議員の意識改革も必要です。それと同時に政治家の間にいい意味での競争原理が働くことが重要だと思います。 今、国会では大臣答弁に官僚が助け舟を出すことができなくなりました。選挙においても公開討論会などが頻繁に開催されるようになりました。政治家の能力・識見が吟味される時代がきたのです。その中で、政治家同士が切磋琢磨していけばより良い政治が行なわれていくでしょう。私も政治を志す一人として、研鑚を積み、本当の意味で皆様の期待に応えられるような政治家になれればと考えています。

諸外国の国会議員の定数

アメリカ下院 435

イギリス下院 659

フランス下院 577

韓国国会   273※韓国は一院制

◆水野賢一のひとりごと

前の「印旛沼の水質浄化」に引き続き、これも昨年の衆議院選直前に書いた文章です。選挙が終わって1年たちました。今の衆議院議員数は480名だけど、500名だった時に比べて何にも不自由はありません。もっと減っても大丈夫だと実感。ちなみにこの文章を書いた後で参議院の定数も減らされることが決まりました。今年7月の参議院選挙では5名が減らされます。

小泉総理も「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンにしています。「痛みを伴わない改革はない」という声も聞かれます。まさに正論。でも国民に痛みを求めるなら、まず政治家自身が自らの身を削る覚悟を示すことが必要では。

その範を垂れるには議員を減らすことだと思うのですが。

外交と人権について

1999年04月20日

「外交と人権について」

◆人権外交はいかにあるべきか。初当選直後に党機関紙に掲載された記念碑的論文。

20世紀初頭の国際紛争はバルカン半島からから始まった。「ヨーロッパの火薬庫」といわれたこの地域の複雑な民族対立に火がついて、それが第一次世界大戦にまで発展した。今世紀が終わろうとしているいま、そのバルカン半島に再び戦火が広がっている。

アメリカを中心とするNATO軍がユーゴスラビアへの空爆を始めたからである。NATOは空爆の理由としてコソボにおけるアルバニア系住民への迫害をやめさせることをあげている。アルバニア系住民に対して人権侵害を続けるミロシェビッチ政権に懲罰を与えるということである。だが私はこの空爆についてかなりの疑問をもっている。コソボにおける人権抑圧は確かに深刻である。しかしユーゴはなにも他国を侵略したわけではない。ましてNATO諸国を攻撃したわけでもない。にもかかわらずNATOの方から主権国家に対し先制攻撃を加えるというのはいかになんでも国際法上、行き過ぎだと思うからである。まして国連決議も欠いている状況ではなおさらである。さらに空爆の決果、人権状況は改善するどころか大量の難民の発生など悪化していることが伝えられている。

人権侵害は由々しい事態である。国際社会がそれを非難するのも当然である。しかしユーゴの対応に前進が見られないからといって、軍事的な制裁を加えるとなると話は別である。アメリカによる人権の強制的な押し付けと取られても仕方あるまい。私はアメリカという国の美点については満腔の敬意を表するが、今回の行き過ぎた行為については賛成しえない。

さて人権の押し付けは問題としても、翻って日本を見ると逆の意味で問題を抱えているのではないか。アメリカとは反対に日本は他国の人権に対してあまりにも無関心すぎる。例えば米中首脳会談では必ず焦点となる中国やチベットの人権状況などは、日中会談ではまず取り上げられない。中国民主化運動のシンボル的な存在としてアメリカでは著名な王丹、魏京生といった名前も日本ではほとんど知られていない。つまり無関心なのである。日本は過去の歴史問題があるから中国に対して物を申してはならないという雰囲気があるとすれば、そうした呪縛からは解き放たれるべきである。人権や民主化の押し付けは望ましいことではない。しかし無関心というのはもっと悪いのではないだろうか。

『自由民主』に掲載 (1999年4月20日号)

◆水野 賢一のひとりごと

これは私が初当選直後に書いて自民党機関紙の「自由民主」に掲載されたものです。ちょうどコソボ紛争が発生した頃です。その時の題名は「人権の押しつけと無関心」というものでした。2年以上前のものですが、今読んでも私の考えはまったく変わっていません。特に後半の部分はそうです。「他国の人権や民主化に無関心であってはならない」「援助をするときにもこうした面を考慮すべきだ」というのは私の一貫した主張です。

私は昨年の衆議院選の時の選挙公報にもモ独裁政権や軍事大国への援助にははっきりとNoと主張し、国民の税金を無駄に使わせませんモと掲げました。援助をしてもそれが独裁政権の延命や核開発に使われては困るというのは当たり前のことです。だからこそ日本政府も92年にODA大網というルールを定めています。援助する時にはその国が核開発をしているかどうか、民主化を図っているかどうかを考慮するという内容です。

ところが問題なのは、政府自身が自分で決めたこのODA大網を守っていないことなのです。例えば共産中国は一党独裁国家で人権も抑制し、さらには軍拡まで進めています。その中国に日本政府はこれまでに2兆7千億円もの援助資金を注ぎ込んでいるのです。

こうしたことには引き続き「おかしい」と声を上げていかなければいけないと思っています。最近ではさすがに対中援助への反省の声も出てくるようになりました。当然のことでしょう。いずれにしても日本政府も国民ももっと中国の人権状況には関心を払うべきです。

なにしろ近くにある大国なのですから。その点、中国べったりの姿勢が見え隠れする田中真紀子外相には不安も大きいのですが・・・ (この“ひとりごと”は2001年5月24日に記す)

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