新版・北朝鮮経済制裁法案とは何か (外為法篇)
2003.06.14
「新版・北朝鮮経済制裁法案とは何か (外為法篇)」
◆はじめに
北朝鮮に経済制裁をすべきだという声が高まっている。この独裁国家は日本国民を拉致しておきながら、解決に向けてなんら誠意ある態度を示していない。それどころか我々の危惧を無視して、核開発やミサイル開発を進めている。こうした国には制裁を加えるしかないと多くの人が考えるのも自然なことである。対話の努力は続けていくにせよ、一方で圧力を加える構えも示さなければ北朝鮮のような国との交渉は成り立たない。
日本では経済制裁は外為法(外国為替及び外国貿易法)によって発動される。ところがこの法律には大きな不備がある。我が国単独の判断では制裁が発動できないのである。国連決議などによって国際社会が経済制裁に乗り出す時には日本もこれに参加できる。現に日本が経済制裁に加わった例は対イラク、ユーゴ、アンゴラなど多数ある。だが現行法は単独制裁を認めていない。これは主権国家として大きな問題である。さらに対北朝鮮政策を進める上でも足枷となる。現時点では北朝鮮を制裁すべきとの国連決議はない。このままでは経済制裁が必要な事態が生じたのに法律の要件を満たしていないため実施ができないということも起こりかねない。
国際社会が一致協力して制裁に踏み切る時に日本として協力することは当然である。だがそれに加えて、必要があれば我が国単独でも行なえるようにすることが求められる。そこで自民党若手有志議員が集まって外為法の改正案を作成した。今年2月のことである。この法案については私は3月に自らのホームページ上に『北朝鮮経済制裁法案とは何か』と題した拙文を書いている。だがその後、党内論議の中で法案にいくつかの修正点が加わった。そこであらためて最新の法案について解説を書いてみた。なお前稿では外為法改正案に加え北朝鮮船の入港阻止法案についても触れたが、本稿では外為法改正案のみを取り上げる。
◆経済制裁と外為法
経済制裁とは送金や貿易に規制をかけることである。また資産凍結や投資制限なども含まれる。北朝鮮を念頭に置くととりわけ送金規制や貿易制限は重要である。北朝鮮は核やミサイル開発の資金と部品を日本で調達しているといわれるからである。亡命した元技師の証言によれば、この国が開発している大量破壊兵器やミサイルの部品の9割は日本製だという。 いわば日本のカネとモノで日本攻撃の準備を進めているようなものである。これほど馬鹿げた話はない。カネとモノの流れに規制を加えるのはむしろ当然のことともいえる。 財務省の統計によると平成14年の日本から北朝鮮への輸出は165億円、輸入は294億円である。輸出の中心は自動車、繊維品、電気機器、機械類であり、輸入の主役はアサリなど魚介類となっている。この数字は日本の全貿易額から見れば微々たるものである。だが北朝鮮にとっては日本は中国に次ぐ第二の貿易相手国なのである。 また日本から北朝鮮への送金は14年度の場合、金融機関を通したものが3億7700万円、北朝鮮への渡航者が携帯して持ち出したものが35億9800万円、合計約40億円である。これらは届け出られている数字なので、実態はこれを大きく上回るだろうということは容易に想像がつく。こうしたカネとモノの流れが北朝鮮の命綱になっている。それだけにここに規制を加えることは北朝鮮とっては痛手になる。逆に日本にとっては交渉の切り札となるわけである。
経済制裁の規定は外為法に盛り込まれている。送金の規制ならば外為法第16条である。第21条では資産凍結・投資制限といった資本取引の規制が、第25条では役務取引の規制が定められている。 さらに輸出の規制は第48条、輸入の規制は第52条が扱っている。これらの発動が日本単独の意思ではできない点こそ問題なのは上述した通りである。この背景を理解するためにもまず外為法の成り立ちをみてみよう。
◆外為法の歴史
外為法の前身は昭和7年に成立した「資本逃避防止法」である。この法律は翌8年には廃止され、新たに「外国為替管理法」が制定された。さらに昭和24年に名称が変更され「外国為替及び外国貿易管理法」となった。従来は為替管理に限られていたのが、ここから貿易についても同法の対象となる。当時は対外取引は厳重な管理の下に置かれていた。原則として禁止・制限されており、特に認められた場合にのみ行なってよいという形になっていた。 それが根本から変わったのが昭和55年の外為法大改正である。この改正で対外取引は原則自由となった。法目的を定めた第1条にも「この法律は、外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし」とうたわれた。ただいかなる時も自由というわけにはいかない。もちろん例外も存在する。経済制裁もその例外にあたる。送金・投資・貿易などの対外取引は原則として自由になったが、一定の場合にはある国に対しては許可や承認を受けない限り行なえないようにした。これが経済制裁である。 つまり制裁の発動とは本来自由であるはずの取引を許可制・承認制に切り替えるということなのである。もちろん制裁時には、ほとんどの取引は許可・承認されないことになる。
ではどういう場合に許可制が敷かれるのか。送金について定めた第16条を見てみよう。昭和55年改正では「我が国が締結した条約その他の国際約束の誠実な履行のため必要があると認めるとき」という条件が付されていた。例えば国連安保理決議で特定の国に経済制裁を実施することが決まれば、その国際約束を誠実に履行するために日本も制裁を発動できるというわけである。 その後、金融自由化の中、外為法は平成10年に再び大改正される。この改正で法律名も現在と同じ「外国為替及び外国貿易法」となった。「管理」の二文字が消えたわけである。全体としては自由化されたが、経済制裁に関してはより機動的に発動できるようになった。従来は「国際約束の誠実な履行のため」に発動が限られていた。これは法的拘束力のある国際約束がある場合と解されている。結果として、事実上、国連決議の存在があって初めて日本も制裁を実施できることになっていた。これに対し平成10年の改正では「国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため特に必要があると認めるとき」という要件が加わった。こうして国連決議はなくとも発動する道が開かれた。この改正の背景には、かつてイラクがクウェートを侵略した時に、安保理決議が出るまで日本だけが法律に基づいた経済制裁を発動できず行政指導で対応せざるをえなかったことへの反省があった。またこの時までに送金以外の取引にもだいたい同じような条項が導入された(輸出入を除く)。
平成10年の改正の結果、以前よりは柔軟に経済制裁が発動できるようになった。それでも制裁を行なうことができるのは、あくまでも「国際的な努力」があった場合に限られる。日本単独では経済制裁ができないことに変わりはない。これこそ現行法の問題点なのである。
◆議員立法に向けて
法律に不備があるならば政府自らがそれを正すべきである。だが残念ながら政府内には外為法改正の具体的な動きはなかった。それならば議員立法という手段がある。そこで昨年12月に自民党の衆参若手有志議員が集まって「対北朝鮮外交カードを考える会」を結成した。メンバーは山本一太、菅義偉、河野太郎、増原義剛、小林温の各議員と私である。この会では外為法の改正案と万景峰号などの入港阻止法案の二本の法案作りを始めた。会の名称はこうした法律を整備することこそ北朝鮮と交渉する上での外交カードを増やすことになるという我々の思いに由来する。 実は議員立法というのはそれほど簡単なことではない。日本の法律のほとんどは内閣提出という形で作られている。議員立法もあるにはあるが、その多くは公職選挙法や政治資金規制法の改正のような議員自らを縛るための法律である。それに対し役所の権限に関わるような法律が議員立法されることは少ない。こうした法律は各官庁間で綿密にすりあわせをした上で内閣から提出されるのが常である。 そういう意味ではこの会の動きはかなり異例のことだったかもしれない。だがこれだけは成し遂げなければいけないとの思いの中、まず外為法改正案を今年2月にまとめた。入港阻止法案はより広範な検討が必要なため骨子のみの発表となった。相談の上、まずは先行している外為法の改正に全力を尽くすことになった。 法案が完成している以上、すぐにでも国会に提出したいところだが事はそうは簡単ではない。国会法では議員立法は21名以上集まれば提出できる。この人数を集めるだけならば、さほどの難事ではない。 ところが実際には人数要件を満たしただけで法案が提出できるわけではない。所属政党の了解を得ないと受理されないという慣行があるのだ。まず自民党内で了承される必要があるわけである(現実には連立与党を組んでいる以上、自民・公明・保守新党の了承が求められる)。
自民党は党内手続きとして部会・政調審議会・総務会の三段階の審査がある。まず部会で了承し、それが政調審議会に上がり、最後に総務会で承認されて党の決定になるのである。そこでまず部会で取り上げてもらわなければならない。外為法は財務金融・経済産業・外交の三部会に密接に関係するため、その合同部会で審議された。5月14日に合同部会での議論の俎上に始めて乗せられた。2月に法案ができてから時間がかかってしまった背景にはイラク戦争、統一地方選などが間に挟まったことがある。結局6月4日の合同部会で了承となった。 ここでの議論を踏まえていくつかの修正を原案に加えた。単独制裁を可能にするという根幹はまったく変わっていないが、他の法律との整合性など細かな点ではより充実したものに仕上がったと考えている。
◆外為法改正案の内容
自民党合同部会で了承された外為法改正案の骨子は、必要があれば我が国単独の判断で経済制裁を発動できるようにしたということである。具体的には外為法に新たに第10条を設け、我が国の平和と安全の維持のために必要がある時は経済制裁発動の閣議決定を行なえるようにした。この閣議決定を受けて送金ならば第16条、輸出ならば第48条という個別の条項に基づいて特定の国との取引が許可制・承認制にされる。ちなみに外為法は第73条まであるが、第10条から第15条までは平成10年の改正で削除されていたので、この部分に第10条という新たな条文を立てたことになる。
現行法では国際社会と共同して制裁を行なう時は閣議決定は不要である。実態としては発動時に閣議了解をしていることも多いのだが、法律上必須のものにはなっていない。つまり送金ならば財務大臣、貿易ならば経済産業大臣のみの判断によって規制が行なえるわけである(送金規制の場合は外務大臣も意見を陳述できる)。だが日本の平和と安全を判断するのが一部の大臣だけというのはやはりおかしい。そこで改正案では単独で経済制裁を発動する時には必ず閣議決定を経るようにした。
党内の議論の中では、閣議ではなく安全保障会議にしたらどうかという意見もあった。ただ安全保障会議の出席者は閣議の構成員の一部であり、やはり国事の最高決定機関である閣議の方がふさわしいと判断した。また安全保障会議設置法には同会議に諮るべき事項が列挙されているが、経済制裁などはもちろん入っていない。つまり安保会議にこの役割を担わせれば、こちらの法律まで改正しなければならなくなるという点も考慮した。
細かい話だが輸出入を規制する第48条と第52条だけはやや違った改正点もある。現行の二つの条文には国連決議などに基づいて制裁を発動する場合の規定が明記されていない。第16条などにはすでにある要件がなぜか欠けている。そのため国連決議が出た時などは輸出入規制だけはかなり強引な解釈によって発動せざるをえない。そこで今次の改正で、現行第16条などと同じ表現をここにも盛り込んだ。こうした改正に合わせて第1条の法目的にも「我が国又は国際社会の平和及び安全の維持を期し」との文言を挿入した。なおこの法案は北朝鮮を狙い撃ちしたものではない。もちろん改正案の背景に北朝鮮という不気味な国の存在があることは否定しない。だが法案のどこにも北朝鮮という文言は入っていないことを付け加えておく。
◆政府の解釈変更
この改正案を自民党部会で議論していた頃、政府は現行外為法の解釈変更を打ち出した。5月19日の記者会見で福田康夫官房長官は、日米二国間の合意があれば北朝鮮への送金は停止できるという見解を示した。外為法第16条では送金停止ができるのは、国連決議がある場合と「国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与する」場合である。 後者の要件は平成10年の改正で付け加えられた。ところが何か国が参加した時に「国際的な努力」というのかは必ずしも明確ではなかった。ただ一般的にはG7諸国の多くが協調することを指すのだろうと漠然と考えられていた。それを今回政府は日米二か国であっても「国際的な努力」に該当すると明言したわけである。
こうなると現行法のままで北朝鮮に対し制裁が発動できるかもしれない。わざわざ外為法を改正するまでもないという気運につながりかねない。それだけにこの時期に政府が新解釈を提示したのは改正案を潰す狙いがあるのではないかという指摘も出た。私はそこまでは言わない。また解釈変更も必ずしも悪いこととは思わない。北朝鮮という無法国家の横暴が目に余る中、政府が現行法の枠内で成しうることを最大限考えることは決して責められるべきではない。 だがそれでも法改正は必要である。現行外為法ではどんなに解釈を変更してもやはり単独での制裁は不可能だからである。今回の新解釈でも日米二国の合意は必要としている。「国際的な努力」とうたっている以上、最低でも二か国は参加しないと発動しえないのだ。さらに言えば法治国家においては法律を改正するのが筋である。解釈変更が絶対に不可とは言わない。しかし法改正こそ王道である。また法律を改正してこそ北朝鮮への強いメッセージになるはずである。解釈変更の有無にかかわらず外為法の改正は推進すべきなのである。
◆批判への反論
外為法改正に対しては批判もあろう。主な反対論とそれに対する私の意見を述べておこう。まず考えられるのが「北朝鮮に対しては制裁よりも対話でのぞむべきだ」という声である。私も対話は重要だと考えている。 金正日政権というのは信ずべからざる相手であるが、それでも対話の努力は放棄すべきではない。だが大切なことは経済制裁というのは決して対話と相反するものではない。十分両立しうるものである。そもそも経済制裁というのは戦争によらず国際紛争を解決する手段である。軍事制裁という破局を避けながら問題解決を図る現代の智恵なのである。平和的解決のための一つの手段ともいえる。少なくとも日本のカネとモノが無制限に北朝鮮に流れている現状を放置して、彼らに戦争の準備をさせる方がよほど危険だと私は考える。
次に単独制裁をしても実効性がないという批判がある。いくら日本だけが送金規制をしても第三国経由で北朝鮮に流れてしまう可能性がある。抜け穴だらけの法律では意味がないという論法である。確かに迂回の危険性はある。だがそれでも制裁を打ち出すことは意味がある。経済制裁には実効性の他に象徴的な意味もある。毅然とした姿勢を示すことそのものが重要である。その上、迂回送金の心配をしだせば単独制裁の場合に限らない。主要国の協調で制裁を実施する時でも抜け穴は残りうる。単独制裁の場合のみ、実効性がないと言い立てるのは的はずれではないだろうか。 もちろん迂回送金を極力防ぐべく情報収集能力を高めることが必要なのは言うまでもない。また資金は迂回しやすいが、貿易などは単独制裁でも効果があることを指摘しておきたい。
◆結びに
我々の外為法改正案というのは要は経済制裁の発動要件を緩和するというだけのことである。自国の判断で制裁を行ないうるというのは主権国家として当然すぎるほど当然のことである。諸外国も皆そうしている。 経済制裁の規定は国によってかなり異なるが、自国の判断で発動しうる点は共通している。その点で、至極常識的な法案だと考えている。
この法案が成立したからといってすぐに制裁が発動されるというわけではない。必要があればいつでも発動できるようになるということである。必要がなければ発動しなければいい。つまり日本外交の選択肢が広がるのである。本当に重要なのはこの点である。そうした中で拉致・核といった北朝鮮が引き起こした諸問題が解決されるきっかけになればと思っている。
法案成立までの道は確かに険しい。党内手続き一つをとってみても部会の了承が済んだところにすぎない。まだ第一段階といえる。しかしそれでも国家として必要な法律である。「法案」から「法律」に呼び名が変わる日が近い将来必ず来ると信じている。
参考資料1) 3月時点の法案と6月4日に自民党部会で了承された最新法案の相違点の主なものは以下の通りである。
*変わっていない部分
必要があれば我が国単独の判断で経済制裁を発動できるようにした点
*修正を加えた部分
我が国単独の判断で経済制裁を発動する場合の条項を第10条として設け、これを第2章「我が国の平和及び安全の維持のための措置」として独立させた点。
3月当時の案では単独経済制裁が第9条の2によって発動されるだけでなく、第16条、第48条などの条文によって主務大臣(この場合は財務大臣や経済産業大臣)の判断によっても発動しえた。しかしこれに対して「我が国の平和と安全の維持のために経済制裁の必要があるか否かを判断するのが、なぜ限られた一部の大臣なのか」という疑問が出された。 そこで今回の案では我が国単独の判断で経済制裁を行なう時は、必ず第10条に基づく閣議決定を経るようにした。 また制裁時の輸出規制は3月の案では第48条第1項に基づいて行なうようになっていた。これを今回の案では第48条第3項で発動するようにした。それに伴って第3項に修正を加えた。
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